ギンザケといえば志津川湾の養殖で全国に知られていますが、もともとは日本にいない魚だったのです。昭和35年のチリ地震津波で志津川湾の名物、志津川ダコが激減してしまったため、これに代わる「特産品」はないかと、遠藤昭吾という人がひとりで養殖を始めたのがきっかけとか。まず、志津川町内を流れる水尻川の河口に小さな生け簀をつくって稚魚を飼い、放流を繰り返し、失敗を重ね、数年かかってやっと成功したといわれています。たった一人でスタートしたギンザケ養殖も、いまや日本一の生産量を誇るまでに成長。まさに、災い転じて福と成したわけです。