養殖の変遷   日本のノリ養殖の歴史はかなり古く、寛永(1614〜1642)の末期から慶安(1648〜1661)の初期に至る間と推測されていますが、宮城県においても今から安政元年(1854)に養殖が始められています。その後、養殖資材、施設、設置方法の改良改善、人工採苗法の開発普及あるいはタネ網の冷蔵技術の開発と導入などいろいろな変遷を経て、現在の養殖体系に到達し、本県の養殖業中でももっとも主要な位置を占め、昭和48年度においては7億2千万枚、83億6千万円の生産をあげ、全国屈指の地位を占めています。

[年度別生産量の推移](単位:千枚)
  宮城県 全国
明治24年 820 15,558
大正2年 2,318 226,827
昭和27年 25,299 1,130,112
昭和40年 282,244 3,190,216
昭和45年 456,402 6,091,513
昭和50年 329,763 9,183,172
昭和60年 347,619 9,498,006
平成10年 603,127 10,236,041

養殖資材の変遷   (1)ソダひび
ノリ養殖は江戸時代から始まりましたが、この頃のひびは木や竹を使用していました。木ひびの材料にはナラが最適とされ、続いてケヤキが良いとされていました。ナラやケヤキが得難い時は、クリ、ハンノキ、カシワ、クヌギ等が用いられました。竹ひびは孟宗、真竹、女竹、布袋竹が用いられました。
これらのひびを5〜6尺(水深に応じて異なる)に伐り、その葉(笹)をむしり取ります。ひびの大小、長短によって2〜3本、あるいは4〜5本を1株とします。この束に二つ折りの薪木を添え、ひびの元2尺余りの上の所から縄で固く結び、その下1尺程の所を斜めに削って先を尖らせて使用します。ひびの特徴は、木ひびは干潮時にも竹のように滑らかでないため成育がよいことと、竹のように自分の重さのためにしなって水に浸ることが少ないので、日光に当たる時間が長く、色や香りの良いノリを産しました。木ひびは1年しか使えなかったのに対し、竹ひびは木ひびより胞子の付着数が多く、2〜3年使うことができました。


(2)網ひび
大正時代になると木および竹材が高騰したことから、これらの代用品として網ひびが研究されました。初めはワラを利用した網で実験され、養殖方法も立体式から水平式に変えられました。その後材質は胞子の付きがよく、海中で腐らなくて丈夫であり、安価で取り扱いが便利であるという条件のマニラ麻、藤つる網等が使われました。大正末から昭和の初めになるとシュロ網、パーム、コイルヤーン(椰子網)といった植物繊維が使われるようになりました。網ひびは波に対する抵抗力が強く、入手の苦労が少なく、収量が多く経済的であることが実証されたため、昭和20年代には9割方が網ひびに転換しています。現在はクレモナ等の合繊繊維が使用されています。

(3)浮きひび
竹のすだれを水平に海中に浮かべているもので、竹を割って1メートル位の長さに揃え、約50本づつシュロ縄等で編んで1区として、10区を1柵として100メートル余りの長さにつなぎます。これを13本の杭に吊るし、周囲に浮き竹20本を結わえ付けると、満潮時には海面を覆い、干潮時には吊り上げられます。

(4)すだれひび
南朝鮮の一部では古くから割り竹の一端を砂泥に差し込み、支柱によって水平に張って使用していました。宮城県では篠竹による養殖が行われていましたが、これは長さ約3尺5寸、径3分の篠竹を5〜6寸間隔にコイルヤーンをミミ縄として編んだものであり、ひびは支柱にコイルヤーンで固定されるため、柵の管理は支柱のさし加減で操作されるものです。

(5)支柱
支柱は従来から木および竹が一般的でしたが、近年はこれらに加えて合成繊維でできているコンパーズパイプが使用されるきています。コンパーズパイプは木および竹よりも高価ではありますが、耐久性に優れています。

本養殖の方法   本養殖の方法は、その土地の地勢、水深、干満の状況によって適した方法で行いますが、大別すると次のようになります。
立体 方式
垂直方式
株立式養殖法
浅い砂泥底の漁場
江戸時代に魚類の蓄養施設として海中に設置された活簣の棚に、ノリが自然発生していることにヒントを得て浅海にソダを植え建てたのが株立式の起源です。網ひびのような水平方式が開発されるまでは、取り扱いが簡単でノリの品質が良いため盛んに行われましたが、建て込みに手数がかかり生産能力が低いことなどの理由により、現在ではほとんど行われていません。
水平 方式 固定式養殖法
潮差の小さい浅い漁場
従来の株立式(垂直ひび)ではノリの生産に役立っているのはひび材の一部分のみで、資材の有効活用にはならず、他の部分はかえって水流を妨げて病害発生を誘発する等の欠点があるため、資材全体がノリの生産に利用でき、しかも水の流通を良くして、生産を助長できるひびとして昭和の初期に考案されたのが水平方式です。しかし、天然にまかせるだけの採苗時代であり、殻胞子の付着層、葉体の生育層等水平養殖の基礎研究が不十分であったため容易には普及しませんでしたが、戦後になって研究が進み各県に普及するようになりました。水平方式はひびを支柱に取り付けた固定式と、浮力をつけて一定時間浮動させる浮動方式とがあります。
浮動式として長く用いられたのは、すのこひび(浮きひび)で、割り竹をすのこ状に編み、上面に縦2列の浮き竹(丸竹)を取り付けたものが原形です。ひびは水面に浮き、浮動距離や干出、沈下の時間をつり縄の長さや支柱に結びつける高さで調節します。ノリの生長や明質も良かったのですが、取り扱いが不便で風波に弱い欠点があり、次第に網に浮き竹をつけた浮き網が普及するようになりました。
浮動式養殖法
潮差の大きい浅い漁場
筏式養殖法
水深の深い
風波の静かな漁場
内湾の浅い海でしかできなかったノリ養殖でしたが、この技術により支柱が建てられない深い漁場でもできるようになりました。筏に腕木を建てて網ひびを取りつけるもので、いかり網の長さを調節し、潮差を利用して干出できるように工夫されています。しかし、手数と経費がかかり、耐波性がないので内湾でしか使用することができません。浮流式養殖法の原形と見ることができます。
浮き流し式養殖法
水深の深い
外洋に面した漁場
網ひびを浮力材により海面に浮かし、いかりで固定したもので耐波性があります。地方によっては「べた流し式」ともいわれ、普通無干出であるため、雑藻が付着しても心配のないくらいの大きさに幼芽が成長してからこの施設に移します。これは2〜3センチの時が良く、その後のノリの成長は速く早期に摘採できる反面、単胞子の着生が少なく、また、ひびの寿命が短いため替え網の準備を必要とします。そのために種網を購入するか、浮き流し養殖場で種網を作る工夫がされています。波が荒く、筏式のように潮差を利用することが困難なため、手早く網を上下できる浮上筏と呼ばれる施設も各地で考案されています。浮上筏は主に浮き流し式を補完する装置です。浮き流し式では網は常時表面浮動の状態にあって、干出することがないので、幼芽期には付着珪藻類や種々の雑藻が付着し、ノリ芽の健全な成育が期待できません。そのためある程度の大きさに育つまで支柱棚に置くのですが、急深の浜ではそれもできなため、人工干出を与えやすいように工夫された装置です。